HIDABITO 034 株式会社長瀬土建 代表取締役 長瀬雅彦 氏

環境を護りながら、森の魅力を発信。久々野の豊かな資源を次の世代へつなぐ
ふるさとと森を愛する道づくりの専門家が「久々野の森時間」を提案
「毎朝早朝に起きて、晴れの日は船山に登って山頂から日の出を見るのがルーティンです。空がクリアだとね、焼岳、穂高、乗鞍、槍ヶ岳のとんがりまでばっちり見えます。マジックアワーの雲海なんかも最高ですよ。」
長瀬雅彦さんは慣れた足取りで森に分け入ると、楽しげにそう言った。
久々野で建設業を営む家に生まれ、親子代々、飛騨高山のインフラを整備してきた長瀬さん。取締役に就任後は、道づくりを専門としながら日本で初めて林業に参入。森林の整備や管理にも携わる中で、フォレストサポーターズ活動にも積極的に取り組むようになった。
「25年以上も前になりますが、チャオ御嶽スノーリゾート(現マウントリゾート)の開業にあたって、旧高根村からチャオを結ぶ県道を造りました。大型重機で木々を伐採し、原生林に新しい道を造っていくわけですが、褐色に汚れた水が流れ、逃げ回る鳥の姿を見て愕然として。建設業としての関わり方を、もっと森に還元できるような自然に優しいやり方に変えていかなければと強く思いました。それで林業への参画を決めたんです。」
建設業と林業は密接な関わりがあるようだが、管轄ごとのセクショナリズムが強く、相互の連携は一筋縄ではいかない。その鉄壁を長瀬さんは果敢に乗り越え、2つのシナジー効果を模索しながら生態系に配慮した道づくりに打ち込んできた。「森を学ぶならヨーロッパだ」と、本業の合間を縫ってドイツやスイスなどへ森の視察に出かけるのも、すっかりライフワークとなっている。
「森の中に人が入って遊び、子どもたちと共に学ぶ。そんな欧州の人たちの森との関わり方を知るほどに、真の豊かさとはこういうことなのだなと感じます。ですが、高山の人にとって森は、“いつでもそこにあるもの”。なんでわざわざ入るのかというバイアスがあるんですよね。そんな地域の方々に森の楽しみ方を伝えたくて、今年6月に『久々野の森時間』を開催しました。」
『久々野の森時間』は森林空間を利用したツアーだ。あららぎ湖畔の森までE-BIKE(電動アシスト自転車)を走らせ、苔むす森でヨガと森林浴の3つを体験するプログラムは、文字通り、全身で森を満喫できる。その森は、船山登山道の入り口すぐそばにある。あららぎ公園駐車場から徒歩で数分ほどなのに、景色はこんなに変わるのかと驚嘆した。
「ここは木材を生産する森ではなく国有林。自然のままの森です。こんな立派なブナ、見たことないでしょう? 樹齢200年ほどです。これはヒバ。葉っぱの香りがすごくいい。アロマとして最高です。苔むす森も美しいですよね。森林浴はこの森の中で寝転がるんですが、みんな気持ち良くて寝入ってしまいますよ。」
自慢の仲間を紹介するように、それぞれの特性を語る長瀬さん。森への愛が深い。
「人は情報の8割を視覚に頼り、それ以外の感覚を使わないからストレスが溜まる。耳の後ろにダンボのように手を当てて、目をつぶってみてください。水の音が聴こえてきませんか?」
山から滲み出た湧き水が、足元でチロチロと流れる音に気づく。木立ちの向こうから鳥のさえずりが聴こえた。静寂の森で、少しずつ五感が研ぎ澄まされていく。
「今度、地元の保育園の子どもたちを招いて、森の幼稚園をやるんです。木に抱きついてみよう!とか、苔は触るとふわふわだよ、と。ここに緑色は何種類あるかな?と尋ねると、みんな一所懸命数え始めて、緑の色が無限にあることに気づく。気づきを与えることが、僕たちの仕事なんです。」
森の体験に限らず、長瀬さんは地域の未就園児から小・中学生に向けて、現場見学会や建設機械乗車体験会を実施してきた。2023年3月、久々野町無数河の「ひだ舟山スノーリゾートアルコピア」が廃止された際、リフト解体工事に地元の保育園を招待したところ、慣れ親しんだ場所が取り壊されていく様子を見て、「もうここでは遊べないの?」と数名の子どもが泣き出した。
「それを見たら、アルコピアがまた子どもたちが遊びに来れる場所にしてあげたいと思ってね。インターンシップの学生たちの意見を取り入れながら、デザインを考えているところです。」
以前、岐阜県防災ダム湖(通称:あららぎ湖)を「ここでキャンプができて、原生林で遊び、湖面でカヤックができるようになれば」と構想を立てた長瀬さん。当時は「夢みたいな話を」と一笑されたが、10年の時をかけてその全てを実現しつつある。突き動かしてきたのは「つなぐ、そして引き継ぐ」という思い。
「久々野の良さを次の世代へつなげていきたいですね。就職で出ていった子らが『久々野っていいよね』と戻ってこれるような、魅力ある環境を創りたいんです。森の豊かさも伝統文化も、親子の関係も地域のコミュニティも全て、だんだん薄れてきているものだからこそ、手間がかかってもつなぐということが大切なんです。」
社名 | 株式会社長瀬土建 |
住所 | 岐阜県高山市久々野町久々野1559 |
電話番号 | 0577-52-2233 |
公式サイト | https://www.nagase-const.com/ |