HIDABITO 033 ゆはら染工5代目 柚原 雅樹 氏

HIDABITO 033 ゆはら染工5代目 柚原 雅樹 氏

高山祭の行列を鮮やかに彩る伝統装束。150余年の時と想いを映す飛騨染の美

親から子へ。受け継がれてきた手仕事の温もりが高山の神事を支える


高山祭といえば、絢爛豪華な屋台が勢揃いする圧巻の光景が有名だが、そればかりにとどまらない。総勢数百名が列を成して旧城下町を巡る、祭行列も実に壮麗だ。神輿(みこし)を中心に獅子舞や雅楽、闘鶏楽(とうけいらく)、裃(かみしも)姿の警固が並んで悠然と練り歩く。地域住民の繁栄を願って神様が1泊2日の旅をするという神事と聞き、目の前で繰り広げられる時代絵巻のスケールの大きさに心が躍る。


とりわけ目を引くのは、カンカコカンと鉦鼓(かねたいこ)を打ち鳴らして歩く闘鶏楽だろう。色鮮やかな鳳凰が描かれた白染めの着流しは、獅子舞の衣装と共に高山の伝統工芸「飛騨染」によるものだ。ゆはら染工の柚原雅樹さん・聖(しょう)さん親子が、この由緒ある衣装を手がけている。



「飛騨染は冬の冷気にあてるのが一番きれいに染まるので、ひと昔前は春の山王祭、秋の八幡祭、どちらの衣装もまとめて冬に染めていました。今やっている秋祭りの分は夏の注文ですから、その寒ざらしという作業ができない。できたらもっと雑味なく仕上げられるんですけどね。」

5代目の雅樹さんは穏やかな声でそう言った。幼い頃から工房を遊び場に育ち、東京造形大学で新旧の染織技法や化学染料について学んだ。卒業してすぐに家業に入り、今年で35年目になる。


「色塗りは小学校の頃からやらせてもらってました。それが楽しくてね。工房にいけば家族みんなで作業をやっているので、一緒にやろうかといった雰囲気で。でも失敗は許されないので、はみ出ても塗り重ねられる一番薄い黄色から始めて。上手く塗れるようになるとオレンジ、赤と濃い色も任せてもらえました。」




グラフィカルな絵柄と艶やかな配色は飛騨染の真骨頂。下絵はもち米粉や米ぬかを原料としたもち糊を筒に詰め、生地の上に置いて輪郭を描く。そうしてマスキングした部分に大小の刷毛を使い分けて顔料を塗っていくのだが、あらかじめ顔料を大豆の汁で溶くことで飛騨染ならではの美しい色になる。染めた生地は地下水で糊を洗い落とし、屋外で外気にさらすことで生地にハリとツヤを出す。この技法を、柚原家は代々受け継いできた。



「家業に入った頃は、今より遥かに注文がありました。ベビーブーム世代が祭りの主役で、衣装を着る人自体が多く、祭行列の見ごたえも今以上でね。それが年々人が減り、祭りの規模も縮小されて。お年寄りが維持している神社は継承者探しに苦心して、祭りになるとアルバイトを雇ったりしていましたが、コロナ禍で祭りができなくなったことを機に祭りを辞める神社が増えたんです。独特の模様の衣装もたくさんあるんですが、祭りと共にそれも全部なくなりますよね。神岡町の数河も獅子舞を辞めてしまって、かなり特殊な獅子だったので残念で。僕は模様も伝統だと思っていますから。」



現在、飛騨染を伝承している紺屋はゆはら染工の1軒のみ。飛騨高山にある400社余りの神社からの依頼を一手に引き受けている。下絵のもととなる型紙は神社ごとに異なり、工房に保管されている型紙の中には慶応元(1865)年から受け継がれたものも。この歴史を、次は6代目の聖さんがつなぐ。

「京都造形芸術大学(現京都造形大学)を卒業して、岐阜県内の同業で4年間修業して、家業に入りました。今、7年目です。祭り衣装以外の商品のプリントはパソコン作業が中心ですが、僕は昔ながらの染めの作業が好きで。祭りで実際に衣装を着ている人を見ると、『おぉ〜』と嬉しくなりますね。働き始めた頃には祖父は引退していたので、飛騨染はほぼ父から学びました。父は父というより師匠。厳しくもあり、優しくもあり。」



地元の住吉神社では毎年4月29日に大祭が行われる。その獅子舞の笛を雅樹さんは50歳まで務め、聖さんは小学4年生から担っている。祭りとともに、暮らしが営まれてきた。


「町内の蔵の中に残されていた、古い獅子の衣装をたまたま目にして。それが3代目の手がけたものだったんです。ずっと親父の豪快な画風を見て描いてきましたが、じいちゃんの繊細な画風もいいなと。今はそれに近い下絵を描いています。」



伝統を守りながら、自分なりの工夫を加えていく雅樹さん。2025年4月から、母家の一角で観光客に向けた「飛騨染体験会」をスタートするなど、新たな試みにも挑む。聖さんは今や工房に欠かせない職人として成長しながら、「スピードも完成度も父と比べたらまだまだ」と、5代目の背を追い続ける。


生地一反分にあたる全長12.5メートルの細長い工房は、静寂に包まれている。ピンと貼られた作業途中の反物に、雑然と置かれた刷毛や顔料に、先代や先々代が紡いできた時の流れをふっと感じた。過去と未来が交錯する空間で、雅樹さん・聖さん親子は今日も肩を並べ、黙々と飛騨染の作業に打ち込む。


社名ゆはら染工
住所岐阜県高山市松本町103-3
電話番号0577-32-2113
公式サイトhttps://yuharasenkou.sakura.ne.jp/index.html



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