HIDABITO 036 表千家流茶道教授 川上省吾氏
一服の茶が伝える“一座建立”の心。本物に触れるひとときを高山から発信
高山の町に深いルーツを持つ茶家が、茶の湯を通して国際交流

高山の人々から「山王さま」との呼称で親しまれる日枝神社。青紅葉が生い茂る南参道を下りた辺りに、寸松菴(すんしょうあん)は佇んでいる。打ち水がされた玄関先に立ち、錦繍に色づく季節に思いを馳せていると、引き戸が開いた。「ようこそお越しくださいました」と、迎えてくれたのは、ここで茶道教室を開く川上省吾先生。土間の奥から漂ってくる白檀の香りに、思わず背筋がピンと伸びる。
「表千家の祖である千利休には、少庵と道安という子がいてね。利休が切腹した後、少庵は会津の蒲生氏郷(がもううじさと)に、道安はこの高山で金森長近に預けられたと言われています。上二之町に『みやび庵』という蕎麦屋がありますが、道安はあの辺りに住んでいたようです。黒い着物の僧が茶を教えていたと文書にも残っていて、その家の前の路地がかつては『聖(ひじり)横丁』という名だった。坊さんが住んでいたからだね。」
物腰やわらかに語る川上先生の言葉の端に、高山と表千家流茶道の歴史が交錯する。その延長線上に立つ川上先生の源流もまた、時代小説のようなロマンが薫る。


「川上の曽祖母は表千家十一代 碌々斎の妹です。正確に言うと、十代 吸江斎には男三人、女二人の子があり、男児はそれぞれ表千家、武者小路千家、久田半床庵を継ぎ、女児はみな嫁いだ。 幕末の時代、ご縁のある飛騨に嫁いだんでしょう。16歳のとき京都から籠に揺られ、奴(やっこ)が隊列を組んだ”けやり道中”での嫁入りだったと聞きます。曽祖母が詠んだ歌に『我一人山里にいて』とあるのを見ると、すごく心細かったんでしょうね。」
茶道は、掛け軸の選び方ひとつに茶席の趣旨や亭主の意図が込められる。中でも表千家流における茶の湯は、日本人の生活に根ざした「わび茶」という捉え方だと聞いた。
この日、床の間に生けられていたのは一輪の糊空木(ノリウツギ)。アジサイ科の花で、朝一番に亭主自ら庭で手折ったものだ。水の入った手桶は飛騨春慶の100年物で、「きれいさび」を大切にした金森宗和好みの道具だそう。屏風絵には遠山が描かれ、しつらえのそこここに初夏の高山が見え隠れする。亭主のもてなしの心が、一服の茶とともに胸の奥へと沁み渡る。


「私の生家は上二之町の二木酒造なんです。兄家族が跡を継いでいます。次男坊の私は子どもの頃から川上に養子に入ることが決まっていました。10歳で母に茶道の稽古をつけてもらいましたが、親子ではお互い甘えが出てしまう。それで獅子の子落としではないですが、岐阜市まで通って男の先生から習いました。その先生は茶道具店で住み込み働きをされた経験があり、お稽古ではいつも本物を使ってくれたんです。それが私自身の素養を磨くひとつの糧になりました。お稽古は厳しいながらも、行けば生徒のお姉さんたちが頭を撫でてくれて、美味しいお菓子も食べられる。それが楽しみで、続けられましたね。」
そう話し、川上先生は愉快に笑った。

川上家は魚問屋という屋号の商家で、江戸期は町年寄りとして市政にも参加していたようだ。武士の特権だった姓を名乗り、刀を持ち歩くことが許された数少ない町人で、当時の栄華の名残りは古い町並の東部にある市指定文化財「川上別邸史跡公園」に見てとれる。こうして創業300年余の造り酒屋に生まれた少年は、東京の大学に進学後、20歳で二木から川上に姓を変えた。

「茶道にはまり始めたのは、就職してからです。岐阜市で銀行員として勤めながら稽古に励み、55歳で飛騨信用組合に入ったことを機に、地元で茶道を教えるようになりました。銀行員を引退してからは、茶の湯に本格的に取り組むようになりました。その後、ご縁をいただき、現在は表千家と、千家の親戚筋にあたる久田家、それぞれを支える会にも加えていただいております。微力ではありますが、これからも表千家流の茶の湯の伝統を守り、次の世代へと伝えていく一助となれればと思っております。」

道は一朝一夕では成し得ない。老舗酒造で培った素地と行員時代に養われたバランス感覚が、茶家としての顔を醸成していった。現在、高山と岐阜に教室を構えるが、茶道具は「割れようが折れようが」本物しか使わないのが川上先生の流儀。本物に触れてこそ、感覚は研ぎ澄まされる。縁に導かれ、2019年にマンハッタンで茶会を開いた。コロナ禍はリモートで茶道教室を実施し、NY、ワシントンDC在住の方々と初釜も行った。最近では高山へのインバウンド客が茶道体験に寸松菴を訪れる。

「畳の上に座り、本物のお道具で本物の茶を飲み、お客様を迎える雰囲気を感じてほしいですね。外国人であれ日本人であれ、それは同じです。僕が好きなのは、“一座建立”という言葉。同席された方が一度きりの空間をともに楽しむ。そんなひとときを味わってほしいですね。」
| 社名 | 寸松菴 |
| 住所 | 岐阜県高山市森下町1丁目291 |
| 電話 | 0577-32-0866 |









